2014.10.03 Friday
いつもの道を歩いていたら,
突然, 金木犀の甘い香りが,ふわっと鼻をくすぐりました。
金木犀の香り。
いかにも秋らしくって,私はとっても好きな香りです。
そして,それと同時に,なんだか懐かしい匂いでもあるんです。
小学生の頃だったかなぁ。
私の実家の近くの公園にも,金木犀の木がたくさんあって。
学校からの帰り路,ほんのちょっぴり寄り道をして,
その下を通っておなかいっぱいに香りを吸い込むのが,私の密かな楽しみでした。
それからね,その公園のすぐ側のお家には,
ノンちゃんっていう大きなワンちゃんが住んでいて。
柵の隙間からちょこんと鼻を出すノンちゃんが可愛くて,
何十分も夢中でノンちゃんとにらめっこをしていました。
ある日,ノンちゃんの飼い主のおじいさんがお家から出てきて,
少しだけお散歩をさせてもらえることになって。
金木犀の咲くあの公園を,力の強いノンちゃんに引っ張られながら走り回って。
ノンちゃんが水たまりに嬉しそうに突っ込んでいくものだから,
跳ね返った泥でびしゃびしゃになって。
なんだか,私が逆にノンちゃんにお散歩に連れていかれているみたいだなぁって
思ったりして。
小さかった私の,小さな楽しみ。
金木犀の香りは,秋の訪れと一緒に,
そんな些細な記憶を 私の許へと運んできてくれました。
子どもの頃って,目に映るものが何もかも新鮮で,
毎日毎日,新しい体験が舞い込んできていたように思います。
毎日が同じことの繰り返しで,退屈で堪らない今,
あの時の素直な気持ちが取り戻せたら… と,切に願わずにはいられません。
* * *
…ちなみに,
あの香りを家にも持って帰りたくって,
ビニール袋を持って公園へ出掛けて
木をトントン叩いて金木犀の花を集めていたら,
上からケムシがボトッ!と落ちてきて,一目散に逃げ帰った……
なんていう,苦い思い出もあったりするんだけど,
そのお話は,この際わきに置いておきます( @□@)ノ ポイッ
2012.04.13 Friday
中学校2年生の夏休みも,終わりに近づいてきたその日。
久々に学習塾の夏期講習が休みということもあって,
私はうきうきしながら自転車のサドルに跨りました。
お休みはもうすぐ終わるとはいえ,蝉はまだ元気にジィジィと鳴いていて,
庭に凛と立つ百日紅の白い花が,澄んだ青空によく似合っています。
私の家は坂のてっぺんにあるので,国道16号線沿いの道に出るまで
下り坂ばかり。
自転車でピューッと駆け下りると,頬に当たる涼しい風がなんとも爽快です。
そのことも手伝ってか,私は一層晴れやかな気分になりながら,
自転車を走らせていました。
私の向かう先は,大好きなデザイン教室。
小学生の時から通い続けているこの教室は,
くねくねとした不思議な外観からしていかにもアート,という佇まいで,
さらに扉を開けると,中の椅子やテーブルは見事に絵の具まみれ。
けれども,なぜだかそんな空間が妙に心地よくて,
まるで我が家に帰ってきたかのような,あたたかな匂いのする場所でした。
デザイン教室とはいっても,すごく自由で。
時には,近くの山で木の実を摘んでジャムにしたり,
山菜を採ってきて天ぷらにしたり。
クリスマスにはグループに分かれてケーキのデコレーション勝負,
お正月には卒業生も集まる食べ物持ち寄り会までありました。
そうして,今日は,そんなイベントのひとつ,
バーベキューパーティーが行われる日でした。
バーベキューを楽しみに,わざと昼食を食べずに出てきた私のおなかは,
もうぺこぺこ。 待ち遠しそうにぐうぐうと唸っています。
それに,楽しみなのはそれだけではありません。
今日は沙羅ちゃんが来るのです。
地元の小学校で,4年生の頃から仲良しの沙羅ちゃん。
彼女も以前は一緒にこの教室に通っていたのですが,
半年ほど前でしょうか,家庭の金銭的な事情で辞めてしまいました。
沙羅ちゃんがいた頃は,
教室の終わる時間になってもなかなか帰らずに,
二人でおしゃべりをしながら,絵や4コマ漫画を描いて,
一緒に自転車をこぎながら並んで帰って,
そんな時間が本当に楽しくて楽しくて仕方がありませんでした。
けれども,もともと無口で人見知りだった私には,教室に沙羅ちゃん以外の友だちはおらず,彼女が辞めてしまってからは,心のどこかに穴が開いたような気持ちで,いつも早々と帰り支度をしていたのです。
自転車も,一人で走るとなんだか疲れてしまって,バスで通うようになりました。
それが先週,デザイン教室の先生にこう言われたのです。
「来週はバーベキューだから,沙羅ちゃんも連れておいで。
もちろん,お金はいらないからね」
私は喜び勇んで,すぐに沙羅ちゃんを誘いました。
今日は,昔みたいに,あの教室で沙羅ちゃんと遊べる。
そんな期待を胸に,私は力いっぱいペダルを踏み込みました。
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2010.09.05 Sunday
わたしの家の 目と鼻の先。
玄関を出て,三十歩くらい。
そこに新しい家が ひとつ ふたつ みっつ
。
工事のおじさんが 毎朝,
「お嬢さん, いってらっしゃい」 って,
声を掛けてくれていたけれど。
だいぶ工事も落ち着いたみたいだね。
おじさんも,見かけなくなっちゃった。
あの場所は,昔, 小さな小さな,
公園とも呼べないような こぢんまりとした遊び場が, あった場所。
草が好き放題に伸びて,ほとんど駐車場みたいになっていたけれど。
箱ブランコ,って いうんだっけ。
4人乗りができるような 大きな丸いブランコだけが, ぽつんとあって。
同じ絵の教室に通っていた ユウコちゃんと,
あそこで遊んだ記憶がある。
いつの記憶なのか, その前後はどうだったのか,
ちっとも憶えていないけれど
。
ただ 頭に焼きついているのは,
茜色の空と, 呑みこんだ悔し涙だけ。
ユウコちゃんは,
“チテキショウガイ” っていう ”ビョーキ” なんだよ と
母から聞かされていた。
その頃のわたしには,それが何なのかよく分かっていなかった。
ふだんはそんなこと,気にも留めずに遊んでいた。
だけど あのブランコに乗って ふたりで遊んでいた時…
6年生くらいの 大きなお姉さんたちが,
わたしたちを無理やり押しのけて, ブランコを取ったんだ。
「どけよ あたしたちが乗るんだからさ」
わたしはすぐに なんで? って思った。
なんで? わたしたちだってブランコに乗りたいのに。
でも,何も言わなかった。
ユウコちゃんは,何を言われたのかよく分かっていないみたいだった。
それでまた もう一度,
何事もなかったかのように ブランコに乗ろうとして
。
大きな 知らないお姉さんは, ユウコちゃんの細い身体を突き飛ばした。
「なんだよ こいつ」 って。
「馬鹿なんじゃないの?」
それでもユウコちゃんは,きょとんとしていて。
わたしは悔しくて 悔しくて,
泣きながらお姉さんに叫んだの 憶えてる。
「しょうがないじゃん! ビョーキなんだから!」
病気の意味なんて,さっぱり分かっていなかったけれど。
口をついて出たのは,その言葉だった。
「はぁ? ヤバイビョーキなら,
家で寝てたほうがいいんじゃないんですかー?」
お姉さんたちは,ケタケタ笑いながらそう言った。
わたしはますます,悔しくて悔しくて。
お姉さんたちが,憎たらしくて。 堪らなかった。
「ユウコちゃん!帰ろう!」
わたしはユウコちゃんの手を掴んで,公園をあとにした。
そんな記憶
。
あの公園に関するわたしの記憶は,ただそれだけ。
だけど,とっても鮮明に,そのワンシーンだけ よく憶えてる。
あの時, ユウコちゃんはどう思ったんだろう とか…。
公園のあった場所を通ると,
今でもふと,考える。
今のわたしだったら あんな風に叫んだだろうか。
きっと, そんなことすらできずに
お姉さんたちに怯えていただけかもしれない。
ユウコちゃんはわたしより1才お姉さんで,
背もひょろりと頭ひとつぶんくらい 高かったけど…。
でも,わたしがしっかりして,ユウコちゃんを守ってあげなきゃ。
なんて, 変に気負ってた。
わたしは本当なら, 守ってあげるよりも,
自分が王子さまに守ってもらうのが憧れ, なんだけどな。
笑っちゃう。
昔のわたしのほうが,
今より少し 軽率だけれど
今より少し 勇気があったのかなぁ なんて…。
今はもう,ユウコちゃんとは会わないけれど。
私の母と,ユウコちゃんのお母さんが,連絡を取り合っているから,
ユウコちゃんのことは耳にする。
ユウコちゃんは,ときどき幻覚が見えるみたい って。
幻覚や金縛りで,夜とつぜん叫んだりして,眠れなくなるんだって って…。
少し前, 母が悲しそうにそう言っているのを聞いた。
そんな記憶も
。
少しずつ, 少しずつ。
褪せていく。
鮮やかな茜色をしていたはずの空も,
水で溶き過ぎた絵の具みたいに 薄まって…。
あそこに 確かにあったはずの公園は, 跡形もなくなって,
新しい家が建っている。
いずれ誰かが あの家に住むんだろうな…。
新しいものが入ってくるのは,当たり前で。
変わってゆくことは,当然で。
だけど どうしてか,
ちょっぴりそれに抵抗したくなってしまう わたしが居る。
大人になるのも嫌だよ。
子どもの頃の気持ちを忘れたくないなって 想う。
それでも,
齢をとってしまうことは 仕方のないことだから。
成長していくわたしは,
過去や 子どもの心を切り捨てた
新しい オトナのわたし ではなくて。
たくさんの過去を積み重ねた上での
厚みのある わたしでありますように。




