家が建っているの。

2010.09.05 Sunday

わたしの家の 目と鼻の先。
玄関を出て,三十歩くらい。

そこに新しい家が ひとつ ふたつ みっつ


工事のおじさんが 毎朝,
「お嬢さん, いってらっしゃい」 って,
声を掛けてくれていたけれど。

だいぶ工事も落ち着いたみたいだね。
おじさんも,見かけなくなっちゃった。




あの場所は,昔, 小さな小さな,
公園とも呼べないような こぢんまりとした遊び場が, あった場所。

草が好き放題に伸びて,ほとんど駐車場みたいになっていたけれど。


箱ブランコ,って いうんだっけ。
4人乗りができるような 大きな丸いブランコだけが, ぽつんとあって。


同じ絵の教室に通っていた ユウコちゃんと,
あそこで遊んだ記憶がある。


いつの記憶なのか, その前後はどうだったのか,
ちっとも憶えていないけれど


ただ 頭に焼きついているのは,
茜色の空と, 呑みこんだ悔し涙だけ。


ユウコちゃんは,

“チテキショウガイ” っていう ”ビョーキ” なんだよ と

母から聞かされていた。

その頃のわたしには,それが何なのかよく分かっていなかった。
ふだんはそんなこと,気にも留めずに遊んでいた。


だけど あのブランコに乗って ふたりで遊んでいた時…


6年生くらいの 大きなお姉さんたちが,
わたしたちを無理やり押しのけて, ブランコを取ったんだ。


「どけよ あたしたちが乗るんだからさ」


わたしはすぐに なんで? って思った。
なんで? わたしたちだってブランコに乗りたいのに。

でも,何も言わなかった。


ユウコちゃんは,何を言われたのかよく分かっていないみたいだった。

それでまた もう一度,
何事もなかったかのように ブランコに乗ろうとして


大きな 知らないお姉さんは, ユウコちゃんの細い身体を突き飛ばした。

「なんだよ こいつ」 って。


「馬鹿なんじゃないの?」


それでもユウコちゃんは,きょとんとしていて。

わたしは悔しくて 悔しくて,
泣きながらお姉さんに叫んだの 憶えてる。


「しょうがないじゃん! ビョーキなんだから!」


病気の意味なんて,さっぱり分かっていなかったけれど。
口をついて出たのは,その言葉だった。


「はぁ? ヤバイビョーキなら,
家で寝てたほうがいいんじゃないんですかー?」


お姉さんたちは,ケタケタ笑いながらそう言った。

わたしはますます,悔しくて悔しくて。
お姉さんたちが,憎たらしくて。 堪らなかった。


「ユウコちゃん!帰ろう!」


わたしはユウコちゃんの手を掴んで,公園をあとにした。


そんな記憶



あの公園に関するわたしの記憶は,ただそれだけ。
だけど,とっても鮮明に,そのワンシーンだけ よく憶えてる。


あの時, ユウコちゃんはどう思ったんだろう とか…。

公園のあった場所を通ると,
今でもふと,考える。


今のわたしだったら あんな風に叫んだだろうか。

きっと, そんなことすらできずに
お姉さんたちに怯えていただけかもしれない。


ユウコちゃんはわたしより1才お姉さんで,
背もひょろりと頭ひとつぶんくらい 高かったけど…。

でも,わたしがしっかりして,ユウコちゃんを守ってあげなきゃ。
なんて, 変に気負ってた。


わたしは本当なら, 守ってあげるよりも,
自分が王子さまに守ってもらうのが憧れ, なんだけどな。

笑っちゃう。


昔のわたしのほうが,

今より少し 軽率だけれど
今より少し 勇気があったのかなぁ なんて…。



今はもう,ユウコちゃんとは会わないけれど。

私の母と,ユウコちゃんのお母さんが,連絡を取り合っているから,
ユウコちゃんのことは耳にする。


ユウコちゃんは,ときどき幻覚が見えるみたい って。
幻覚や金縛りで,夜とつぜん叫んだりして,眠れなくなるんだって って…。

少し前, 母が悲しそうにそう言っているのを聞いた。


そんな記憶も


少しずつ, 少しずつ。
褪せていく。


鮮やかな茜色をしていたはずの空も,
水で溶き過ぎた絵の具みたいに 薄まって…。


あそこに 確かにあったはずの公園は, 跡形もなくなって,
新しい家が建っている。

いずれ誰かが あの家に住むんだろうな…。


新しいものが入ってくるのは,当たり前で。
変わってゆくことは,当然で。

だけど どうしてか,
ちょっぴりそれに抵抗したくなってしまう わたしが居る。


大人になるのも嫌だよ。

子どもの頃の気持ちを忘れたくないなって 想う。


それでも,
齢をとってしまうことは 仕方のないことだから。



成長していくわたしは,

過去や 子どもの心を切り捨てた
新しい オトナのわたし ではなくて。



たくさんの過去を積み重ねた上での

厚みのある わたしでありますように。

自分の絵を見ていて想ったこと。

2010.08.21 Saturday

ポートフォリオを, 作っていたんです。
受験用に。

今までに描いた絵 できる限りかきあつめて。


そうしていたら, 想った事。

それは 昔の絵のほうが楽しそうだなぁっていうこと。



s1
6才 小学1年生. 小さな夜の音楽会. クレヨンと水彩絵の具.


s2
9才 小学4年生. お花と遠くの景色の絵. ダンボールにクレヨンで.


c1
13才 中学1年生. 森の中の光. リキテックス.


ziga
17才 今現在. 自画像. 油絵.



………


…小学校の絵なんてね, 当然 ヘタクソなんだけれど。


だけど今よりずっとずっと
のびのび描いてた気がする。


たんに 絵を描くのが楽しい っていう気持ちしかなかったから。



ビービー玉を フィルムケースの中に入れて
手の中で踊らせると

とってもかわいい音が鳴るんだよ。


小学生の時だからこそそんなことで喜べて。
それを絵にも描いていて。



年齢が上がるにつれて
だんだん だんだん 何かに囚われているというか。

上手く描かなきゃって背伸びして描いてる。



パーツの形が変だとか 構図がどうだとか。

もちろんそれだって 上手な絵を描くには大事なことだけれど。


でも。



昔みたいに 自由に 絵を描いてみたい って

もしかしたら そのほうが
ずっと魅力的な絵になるのかもしれない って



自分の絵を見てて 想った事。

供述書によれば

2010.07.10 Saturday

倫理道徳信じるだけの 品行方正自立欲もなし
正義や仁智を誰か相手に 叫ぶことすらもひかえてきたが

善人になりたかった 良い人になりたかった

なんでなんで こうなったのか
どこでどこで まちがえたのか
なんでこんな とこにいるのか
なんであんな ことをしたのか

瞬間・刹那の 選択・衝動
誰だって同じだ 他人事じゃないぞ

 *   *   *

純ちゃんの曲は時々, 無性に聴きたくなる.

ねここにとっては刺激が強すぎて,
いつもいつも聴きたいというわけではないけれど.

帰り路のにおい。

2010.06.17 Thursday

開放厳禁と書かれた裏口の戸を,こっそり開けて外に出ると,
思わず目をつむってしまうような,眩しいお陽さまの光。

日傘をさして,辺りを見渡しながらゆっくり歩く。

いつもと変わらない。
優しい街と ひとりぼっちの私。


さぁ, 今日もひとりで どこかへ寄り路。
大好きな歌たちを 耳元で響かせながら。

せっかくの帰り路だもの。 まだ帰りたくないんだもの。
私の大好きな帰り路。

居場所の見つけられない,学校でもなく。
窒息してしまいそうな,家でもなく。

やさしい やさしい 帰り路のにおい。


あ。

ベビーカーを押す女の人が,
お店の扉を開けられなくて 困ってる。

そうだ。 私がドアを開けてあげればいいんじゃない。


カチャリ。

ボーダーの服を着たその人は,私に向かってにっこりと微笑む。
私もおんなじ 微笑みを返す。


ああだけど,
私にできることは 私じゃなくてもできることばかり。


駅に着いて,まだ人もまばらなお昼の電車に乗ってうとうと。

いくらか眠って目をあけると, 車窓から見える私の小さな街。
ずっと電車に揺られていたいけれど ここで降りなくちゃ。

深く座っていた長椅子から急に立ち上がると,クラッとして 景色が揺れる。

ずきんずきん。

頭を抱えながら改札を出て。
駅から出る頃,頭痛がおさまる。


歩道橋を渡って。 階段をおりて。
近所のコンビニへ入ると, 顔なじみの店員さんが。

「いらっしゃい, おかえりなさい」
「髪型, かわいいわね」

「ありがとうございます」

気づいてくれて。

今日はいつもと違う髪型なのよ。
赤毛のアンに出てくるダイアナみたいな,三つ編みの輪っか。

また 微笑みを交わす。


コンビニから出て 少し歩いて,
保育園の前にさしかかると, 私は軽くイヤホンを外す。

子どもたちのはじけるような笑い声を聞いて。

警備員さんが こちらに笑顔を向けて,
「おかえんなさい」 ってあいさつしてくれて。

金網の向こうには 紫陽花が瑞々しく咲いていて。


「…こんにちは」


一瞬の間があいて,私も笑顔で応える。

いつもここで迷ってしまうの。
おかえりなさいに対応する言葉は,ただいまだよね。

ただいまって, 答えたほうがいいのかなって。


…それにしたって, あの警備員さんはえらい。

今日は幸い良いお天気だけれど,
雨の日だってレインコートを着て ずーっと外に立っているんだもの。

下らないことで学校を休む 私とは大違い。


そんなことを想っているうち, 家に着く。



ああ私は 今

この帰り路だけで,
どのくらいの人の やさしさに触れたかな。


ああこんなに こんなにやさしい人たちばかりなのに
きらきらした世界に包まれているのに,

どうして私は調和できないの?



私はいつも独りのような気がするけれど。

憎むには 世界はあまりにも美しすぎて。


ひとのせいになんてできない。

悪い人なんてひとりもいないのに
なじめないのは, 私が悪いせいなんだよ。


世界が綺麗であればあるほど, 自分自身が惨めになってゆく。



大好きな帰り路のにおいは,

優しさと寂しさを, 同時に私にくれるの。